Saturday, December 31, 2011

家を描く時どこから描き始める?

「家を描く時、どこから描き始めるか?」
姉の師匠である山川画伯(むっしゅー)が僕に問いかける。

悩んでいると、むっしゅーは、
「屋根から描くだろう?それが日本の教育だ」

っていってた。日本では、お手本通りに屋根から、同じように描かせるような教育をしている、と。むっしゅーが学んだフランスでは、家を描く時、下から描くぞと。

用は型にハマらない事が大事ってことだろう。

「いろはにほへとって、書いてみると、字のほとんどは下へ祓われているが、abc...とかくと字の殆どは下から上へ向かってはねられている。」

だから、絵は下から描くらしい。

絵はうまい下手ではなく、気持ちがこもっているかないかだと、画伯は続ける。
絵はとっても深い。隠し絵のように、絵に意味を込めてあることなど、魅力を語ってくれた。

山川画伯は、パリでも認められた方であり、絵を売って生計を立てている。
絵に疎い僕でも、すごいのがわかる。







姉は、そんな画伯のもと住み込みで画家修行をしている。
画伯から出された課題は、「花を描く事。」
一つのものを極めれば他のものも描けるようになるらしい。

絵の才能を、画伯にも認められている姉は、これから果たして活躍するのだろうか?

今度、4月に横浜で個展を開き、画家デビューを飾るとのことなので、皆様、姉の絵を買ってください!(笑



今、横浜市金沢区の父方の実家にいます。母親、祖母、父、姉と大晦日を過ごしています。
おばあちゃんは、「くろんぼ、がいっぱいいるとこにいくんだろ?協力隊ってなんか戦争にでも行くみたいな名前だな」って言ってる。

心配してくれているが、理解を示してくれて嬉しい限りだ。

父も、姉も、母も、祖母も、ガーナ、青年海外協力隊のことを喜んでくれているので、頑張らなきゃな。

ちなみに、お寺の星占いの表によると、うちの家族はみんな偏屈な性格と出ている。

変わり者の家族だ。


Friday, December 30, 2011

地球のかさぶたはがし!

朝7時起床。

起床後、地元を散歩した。

昔は子どもで溢れていて活気のあった僕の地元なのだが、ここ数年、特に僕らの世代が小学校を卒業したあたりから子どもの数が減り、活気がない。

帰ってきたのに、地元の少年期を過ごした友達は外に出て働いている。

みんなどこで何をしているのか、正直わからないことばかりで。

村の繋がりが田舎程強いようなイメージがあるかもしれないが、実際、田舎に行っても人の繋がりというのは希薄なのだ。

インドネシアに行った時に、移民の問題に関してのフィールドワークを行い、移民を送り続けている村を訪れたのだが、実際、僕のこの出身の地域からも若者は流出している。国際協力や開発を研究していて、途上国の問題を考える事が多いが、僕のこの地元ももっと活気づけるような事で来たら良いなって地元に帰るたびに思ってしまう。

なんで、こんなに人間関係が窮屈な感じがするのだろう。田舎で、久しぶりに会う近所に人は嬉しいが、なんか深入りしない感じ。

でもこの豊かな自然、きれいな空気は本当に癒しだ。名古屋のような都会での暮らしがばかばかしく思えてしまうのだ。

残念だなー、もっと元気な村が良いなー、って思っていたら、幼稚園児にあった。めっちゃ元気で、一緒に遊んだ。

この幼稚園児はお隣のおじいちゃんの孫。東京から大晦日だからきたという。

一緒に走り回り、遊んだ。やっぱり、子どもがいると村が元気になる感じがするな。

その写真は、タイトルのとおり幼稚園児が姉と地球のかさぶたはがしをしている。

なんというネーミングセンス!

「晴れ時々ミートボール!」とかいいながら遊んだ。いいなー、こういうの。


みんな、結婚したらこの村に子どもを残してってくれーい。

12月30日

伊豆の自宅に帰宅(引っ越し)しました。
父親が伊豆から名古屋まで車できて、荷物を運んだのです。父は朝3時に出たとか。
途中でタイヤのパンクがありながらも、名古屋に着いたのは午前10時くらい。

引っ越しの荷物の手伝いをしてくれたのは、アフガニスタン、イラク、ブラジルの友達。

父は、珍しい国の留学生たちとの交流を楽しんでいた。かれこれ小一時間は話こんでいたか。

イラクの友達は、明るく、イラクの戦争の時の話をしてくれた。
「試験の日に銃撃が始まったが、テストを続けた。」とか、「外で銃撃戦がある中で勉強していた」とか、あまりにも明るく話していた。つらい経験をみじんもみせない、こんな強さを彼はもっている。リアルな戦争中の話が聞けたのも、このレジデンスで出会えたから。

みんなとまたいつかサッカー観戦をしたいものだ。

オフィスの方にも挨拶し、出発。
皆さん本当にお世話になりました。

道中、車の中は父と二人。父は、ガーナのことや、青年海外協力隊のことなど、調べた事を話す。僕たち親子は、国際的な会話や日本の政治のニュースの会話が日常会話である。

途中、サービスエリアで、カツ丼を食べた。そこで気がついたのだが、父は僕よりも早く食べる。僕もよく、人に早く食べ過ぎだと驚かれるのだが、父はさらにその上をいく。
なんてことだ、気付かないうちに父に似てきてしまっている。。

父は、アラビアのロレンスの大ファンになって、スパイや冒険ものをたくさん読んだ。
なので、スパイの組織に詳しい。マスターキートンの話に、なにかとケチをつけていたなあ。

とにかく、知識が豊富な父からいろいろな話を引き出すのは面白い。林業を営んでいて、それに誇りをもっている。

「危険な仕事は若手には絶対やらせない」と父は言い張る。

それで、本人曰く、尊敬を得ているらしい。

あくまで、本人曰く、ね。


静岡市では、スリランカ人の友人にあう。そして一緒に、僕のバイトしていたす○家へ。
去年と同じメンバーだったので、みんな僕のことを覚えていてくれていた。

去年の今頃は、バイトで、忙しかったなあ。す○家で年を越したな〜。





Thursday, December 29, 2011

12月29日

今、ボルシチを食べている。同じ寮に住むロシア人の友達が作ってくれた。前に「食べたいな〜、作ってください」なんて冗談まじりで話したら、本当に作ってくれました。
本当においしい!今まで食べたボルシチの中で一番おいしかった!

ありがとう!スパシーバ!

今日は、この山手レジデンスの人たちにお別れの挨拶をして回った。みんな、本当に良い人たちだ。僕はtutorとしてなんにもしてあげれなかったけど、みんなと知り合えた事、それだけで嬉しい。

今日の新聞で、日本で外国人が稼いだポイントによって滞在の優遇措置を受けられるようにするというニュースを見た。エリートだったり、日本への貢献度の高い外国人の長期滞在を容易にするという制度だ。

もし、僕がそのポイントをあげられる立場なら、この寮の友達にあげたいところだ。
あっ、研究科の友達にもね。いや、僕の知り合った外国人の友達に。。まあ、あげるような立場に立つことはないだろうし、そんな立場の人間はいらないのだが。


セネガル人の友達にアフリカに行く事についてのアドバイスをきけば、"Don't trust every body there"って言われました。僕はルーマニアにいる時も、noとはっきり言えない人間だったので、ガーナではより強くなる事が求められるのかも。

夜には、学部時代の寮で同期仲間が久しぶりに電話してきた。
「海外旅行をしたいから、今度の夏休みに一緒にいこう!」とのこと。
ガーナに行く事を言ってなかったので、その折を説明すると驚いていた。
ガーナにおいでと言ったが、「ガーナはレベルが高すぎる」って(笑

イギリスがガーナ派遣の協力隊員の渡航が許される国なので、結局そこで会おう!ってなった。現役教師や、現役理系大学院生、現役某県庁勤務者の友達なので、授業のアドバイスとかもらえるなあ。


追記:
思えば、本当にいろいろな人、いろいろな出会いに支えられている。
そのことを忘れずに良い経験を積んでいきたい。

Wednesday, December 28, 2011

掃除



今日は朝から大掃除。まずは自分の寮の部屋を片付けた。
年末の大掃除なんてめったにした事がなかったが、今回は引っ越しもあるのでやらざるを得ず。

掃除は思ったよりも時間がかかる。次の人が気持ちよく使えるように心を込めて掃除する。カーテンも洗った。
かれこれ6時間は掃除し続けたかな。

トイレもしっかりゴシゴシと。
ルーマニア留学時代に、掃除のおばちゃんが雑巾+素手でトイレを磨いているのに衝撃を受けたが、僕も今回は思い切って便器をゴシゴシとスポンジで洗いました。トイレ用の洗剤がなかったので、マジックリンでゴシゴシやったんですが、かなり綺麗になりました。トイレの神様が聴きたくなった23歳の年末です。



そして学校に行き、研究室の自分の机も綺麗にしました。
ああ、こうやって机に何もないのを見ると、みんなはどう思うのかな?僕がいないのを見て寂しがってくれる人がいるのは、嬉しいな。


昨日、自分の名刺に書いたメッセージをみんなのデスクに配り、何人かと話をするとウルって来ちゃうんだから。

年末にして、ちょっぴりしんみりムードが漂っている。

ちなみに僕の机の前にあるのはTP君の机。でも本の山になってますね。当の本人は別のところに席を設けて勉強するという、強者。きっと僕の机もTP君の物置になることでしょう。

でも、何もない寂しい机よりは大分ましになる事でしょう。


Tuesday, December 27, 2011

誰もいない研究室より

12月27日

今日は朝、EIUPのミーティング。丸森町イベントの開催に向けてみんなが一丸となって準備を進めている。
丸森町で買ってきた、タケノコカレーやイノシシカレーの試食を行った。
イノシシの独特の臭み、なぜか懐かしい。
僕にとっては今日が、最後のミーティングになってしまう。
正直、寂しい気持ちになってくる。
2年後に帰ってきたら、このEIUPの部屋はあってもみんなはいないんだなあ。
わいわいがやがやと、進んでいくミーティングの様子が好きでした。
どこに行っても応援していますから。


13時からはインターナショナルレジデンスで、新しいチューターの歓迎会を開いた。現チューターの僕がいなくなるので、その後任に入ってくれる人がいてよかったなあ。食べきれないくらいの食事だったのでおなかは一杯です。毎回、レジデンスでイベントを開くと、初顔合わせの人が多い。なので自己紹介から始まる。日本語を勉強しているので日本語で話したい人もいれば、日本語を勉強するために来ている訳ではないから、英語で話したい人といる中でパーティーの進行などは難しい。僕もおしゃべりな人間ではないので。
なかなか、コミュニティとしての結束を作るのは難しいなあ、と日々のくらしでも学んでおります。

夜になって研究室に行くと、みんないない。やっぱり帰省する人、多いよね。なんかシーンとしている研究室にいると落ち着かない。
普段はわいわいしていて、勉強なんてできんわー、と思ったりしていたが。。いなくなると何とも寂しいものである。
どのタイミングで別れの言葉を交わすべきか、悩ましいが、実際、別れの言葉など言わなくても良いのかもしれない。
またきっとどこかで会える。そう思う事で解決できる。
ただ、一緒に過ごすと思われた時間はもうやってこない。
たった6ヶ月ほどの日々をともにしただけだが、こんなにも大切な存在になっていたのね。

いや〜、複雑な心境だわ。
でも、これからの出会いにも心躍らせ準備していきたい。

Monday, December 26, 2011

名古屋は雪でした

クリスマスが過ぎました。名古屋は雪でした。
クリスマスの日に初雪を観測するなんて、天気の神様もなかなかロマンチストです。
まあ、僕はクリスマスには大阪と京都でうまいもん食いにいったので、雪はあんまり関係なかったのですが。

帰ってきてから、雪を見たときは嬉しかったです。やっぱり雪の降らない地域出身の人間の典型なんでね。
ガーナは雪降らないよな〜。あ、でも二本松は雪で大変そう。。ガーナで雪を見ない分、たくさん見とこう。


ところで、僕が生まれた日、1988年1月19日は火曜日でした。なので、ガーナ風に名前は「クワベナ」になるそうです。
かの有名なKofi Anan(前国連事務総長)は金曜日生まれの男性なのでKofiらしいですよ♪
生まれた日の曜日で名前が決まるなんて、おもしろい!ガーナではクワベナと名乗ろう!
これが日本で言う血液型占いのようなもので性格とかいろいろ言われているそうな。詳しくはわからないので、現地で確かめよう。



夜には所属するゼミの先生やゼミ生とベトナム料理を食べた。僕の送別会と忘年会を兼ねたようなものだ。
ベトナム料理は最高だった。そして、プレゼントまで頂いた。
みなさんには、いつも優しくしてもらって感謝してもしきれない。
僕が帰ってきたときにも、ゼミの後輩には優しくしてあげたいな。

ちなみに、このゼミ生はみんな学生ながら既婚者になる。同期のカンボジア人学生もこの2月に結婚するという。
まさか。。この流れは、、、僕も、帰国後に?

その辺は、乞うご期待である(笑

Thursday, December 22, 2011

宮城県丸森町訪問

研究科のサークルで丸森町を訪れてきました。

丸森町は放射能による風評被害(実害だが)によって観光客が激減し、農作物等の売れ行きが良くない。町から出て行く人が多いというのも深刻で。。
という町で、私たちのサークルではこの町から野菜を購入し大学で消費するという活動で支援を行っている。

実際に丸森町の方の話を聞いているとやっぱり放射能の話が、長々と続く。みなさん、放射能、シーベルトという言葉に聞き慣れ、この事に関しての会話も毎日のようにしているのだという。人が集まれば、明日の不安の話。

「遠くにいると敏感で近くにいるほど鈍感」っておっしゃっていたのも印象的だが、町に残っている方は「少々の放射の放射能ならどうってことはねえ」とか「私ら年寄りはどうせ先も長くないし残っている」ということをいっていた。

「放射能の問題は人ぞれぞれに基準がある。0にしたい人もいれば、ちょっとくらい良いって人もいる。出て行く人を止める事もできない。それがその人の基準なんだから」

ちょっと元気がでていない感じがした。僕たちが名古屋からわざわざ来たと言う事を、それでも喜んでくれた。

部員のたっつんもいっていたが、お金の支援は必要とされているようには思えない。お金よりも、人との繋がりや元気を生み出すような活動の方が必要なんやろな。

我らがサークルの美人娘4人が訪れてみなさん元気そうだった。。っていやいやこういうことじゃないか。

丸森町はザンビアの協力隊OBと繋がっており、ザンビアからの研修も受け入れているとおうJOCVゆかり?の地でもある。
ガーナとも何らかの形で繋げれたら良いかな。と模索中。

丸森町の農産物、安全性は間違いないのに売れない、ってのは本当にストレスなんだろう。でも安全なんだから。
本当においしい農産物が丸森町には一杯なので、みなさん食べてください。
僕のお勧めは梅ぼしと干し柿です。

名古屋でのイベントの時、僕は福島の訓練所ですが、イベントがうまく行くといいな。

Tuesday, December 20, 2011

休学届け提出

休学届け、学務に提出してきました。
休学延長届けも、復学届けも同時に。

指導教官の先生からは
「アフリカの違う環境で、違った肌の色の人間(日本人)=金持ちだから危険度は増すけれど、そこに住んでいる人たちも人間、賢くて知恵のある人たちだから、恐れる事はないよね。体に気をつけて頑張ってきなさい」と激励されました。

昨日、外務省のHPで安全情報をみたら、僕が行くタマレ市は「十分注意してください」だった。

しっかり注意するとともに、楽しまなくちゃね。

夜間外出禁止令(23~6)が出ていたのが、ちょっと残念だわ。

ブログ始動

ども!senaです。
ブログで青年海外協力隊の日々を記録に残したいと考えたので、頑張って毎日日記を書く事にしました。
英語で書くか日本語で書くか迷うとこですが、今は日本語で!

大学院生の私、教員経験のない私ですが、協力隊としてガーナで算数と理科を教えるという任務に就く事になりました。
算数、理科、苦手でもできるのか?

やってみなくちゃわからんね!
とりあえず、更新がんばるのでよろしくお願いします!